うしろのしょうめんイースター

むかし、かごめの歌にはいろいろな意味が込められていると耳にし、
興味を感じいろいろな説を調べたり、自分なりにもいろいろ想像してみたもの。

その歌が思い出されたイースーターの朝。
あれは「目覚め」「いのちの復活」を暗示していたのかもしれないなぁと。

カゴの中の鳥は本来のいのちの姿。
(かごめの紋章はヒランヤ、和合のマークだし^^)
夜明けの晩は、夜明け時の暗闇。
つるとかめがすべった、それまで信じていた物質信仰が壊れ
(ツルは天をカメは地を意味しているという説も)
後ろの正面誰? 後ろに隠れていた精神性といういのちという正しい面が顕れる。

20年ほど前はじめて耳にしたこれからの流れや時代の姿。
自然に共感でき信じられたものの、人に言えば浮世離れいかれた話。
 って、エゴのかたまりで話していたからとも言えますが ^^;
その姿が顕れ出している、かごの鳥が出始めている…そんなことを感じるここ数年。
ここでそれがいっそう強く感じられる次第です。

昨日、ゆずの「HEY和」の一番の歌詞を耳にしても時代の変化を感じたもの。
その歌詞、むかし山根麻衣さんの歌に同じようなフレーズがあったこと、
その歌がこころに響いたので、友人にCDを贈ると友人の感想は「宗教の歌みたいだね」
だったことが思い出されました。
宗教のようなフレーズが、ごくごく自然に発信される時代にありがとうです。

   先日ふとその友人が浮かび数年ぶりに被災地の空の写真と共にメールしたころ、
   とてもよろこんでくれて
    「自分にできること、役割に誠実に向き合えば、良い縁を引き寄せるんだなぁと
    しみじみ感じる昨今
    被災地の事を考えると心が痛むけれど、これからも少しずつ大切なもの積み重ねて、
    良いエネルギー(気)を発せられる生きものになりたい☆」
   と返信を届けてくれて、広がる世界を感じ勇気とよろこびとありがとうでした。
  
さて、もうひとつの後ろの正面
それは、自分が信じていることを正面で見るということではないでしょか。
たとえば、いま正面で起きているドラマ見たときに、
安心を信じていれば安心を、恐怖を信じていれば恐怖を、
愛される価値を信じていれば愛されているというよろこびを
愛される価値がないと信じていれば愛されてない寂しさを、
いのちの優しさを信じていれば優しさを、
自分は優しくないと信じていれば冷たさを、
神はいのちに宿ると信じていれば内なる神を
自分なんて価値が無いと信じていれば比較競争否定羨みなどを…
「感じる」ようにできている。
みんなで同じドラマを見ても、信じているもの違えば内容違い、
信じているドラマを見るようにできているから素晴らしい。

正面という面(おもて)のドラマは、自分の信念を表に出しているにすぎず、
その信念が気持ちよくなければ、そこでチャンネル変えればいいだけのこと。

後ろという裏のものを正面という表に出せば、表も裏もないいのちがそこに顕われ出して、
安心してのびのび生きられるもの。
そもそも表も裏も何もなかったのだから…表裏一体さえ蜃気楼。
かごから出ると世界はどんでん返し。

さて、今日がイースターと気づいたのはこの記事を書きながらのこと。
空想と現象ひとつの世界、ひとり遊びのワンダーランド
色即是空、空即是色の別名ワンダーランドということのよう032.gif
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by maruisora | 2011-04-24 10:24