がんこいってつ?

*感性が透明でうすいガラスの様な人間が好きである…と。

*どんなに目をこらして見続けてもわかり尽くせる生き物ではないのが人間、
 なのに、見続けることは容易なことではない…と。
 だからこそ目をそらさずに常に人に感動していたいと思ってしまう…と。
 そしてそのように自分を見続けていきたい…と。
 ただ、自分に対してだけは目をそらすことを許したくはありません…と。

*モラリストになりたいとは思わないけれど、人間を見るのは好きである…と。
 そしていまだかつて100%の人にも0%の人にも出会ったことはなく、
 これからも出会わないだろう…と。

*人は感情や性格など大小様々な器を持っていて、
 それは人各々異なるものでもあるから自分の尺度で、
 他人の気持ちを絶対視することはできないと思う…と。

*理想とする女性像を持っているけれど、一生かけても理想通りにはなれないと思っている…と。

*私は私が好きであり、そして嫌いである…と。

*過ぎた日の中で出会った悲しみ苦しみ。
 振り返った時に、その時の心の動きや感じ方を思い出せなくなっている事にハッとします…と
 確かにあの時は精一杯苦しんでいたはずなのに、きっとそれは
 人間に与えられた救いの手なのですね…と
 心の動きは忘れても、その時の感情は忘れたくない…と
 なぜなら、忘れてしまうということは人の心の痛みに無感情になってしまう気がするから…と

*いくつになってもこころを揺らし続けていきたいです。時には静かに時には激しく…と

これらの内容は、引き出しの中から出てきた20才のときに書いたもので、
大学のサークルで作っていた文集の自己紹介文。
他にもいろいろ書かれていて、最後は

要するに、人の性格は他人が貼るレッテル。
どうぞ適当なレッテルを見つくろって貼ってください。

と結んでました。
「わっ、感性似てる人がいる@@」って、これわたしかぁ…
「…って、こんなこと公に書けてたんだ~」と新鮮なおどろき。

個性強い男子が多いサイクリングのサークルで、酒飲みのサークルでもあったため、
バイト代は全て酒代、教科書代をパチンコで使い込んでしまったり、
先輩に雀荘に連れて行ってもらったり、授業もさぼることしばしば。
堕落している感覚や悶々とした感覚も味わいながらも、
自転車で北海道を回ったり、野宿をしたり、人生の大きな変化を感じたはじめの1歩。
  親は大学に入れたことを嘆いていましたが、
  はじめて味わった感覚や体験全てが自分の人生に与える大きさを感じ、
  その時間を与えてもらったことを深く深く心から感謝したものです。
そんな生活をしながら、真理にかするようなことを書いてたなんて@@
今思えば、そういうことを書いても安心な人たちの中にいたということでしょね。

そういえば授業をさぼってばかりだったわたしが、唯一はまった授業があり、
それだけは一番前の席で授業を聞いていたもの。
そこで出会ったモームの 「ユーモアとは悲しみに裏打ちされたおかしさ」
ということばがこころに響き、月日と共に沁みていく深さを感じていました。

友人に文集の話をすると、笑いながら
「いまと同じじゃない。って20才の時からそのままでいるってすごいよね」と。
「たしかにね~」って、自分では貫いていた自覚もないところがまたおもしろいもの。
そして、そう思っていたからその通りの体験をしたのかも…ですよね。

その時その時の体験をし、悩んだり、痛んだり、何かを感じていた…
でも、どんな時にでも底辺にあり続けるものがあった。
みな、その人その人の感性を通しながら「大いなる真実」に触れていくのでしょうね。

無自覚ゆえのとんがった角、その角さえも体験を豊かにしてくれていたことを感じます。

透明な感性が好き…
 繊細ゆえのむずかしさや危うさがあることを知ったり、

人を見る、自分から目をそらさない…
 それが時に厳しさ束縛になること、見ると見守ることの違い、
 目をそらすことも大切な時があることに気づいたり、
 結局、色眼鏡という思考で見ているに過ぎないと気づき、
 ただ「あるがまま」に見ることを知ったり

100%の人も0%の人もいない…
 と言いながら、完璧を求めていることに気づいたり、

理想通りになれないと思っている…
 と言いながら理想を追い求めていたことに気づいたり
このことばの本当の意味を知ったり、

他人の気持ちを絶対視することはできない…
 と言いながら、絶対視していることに気づいたり、

自分が好きであり、嫌いである…
 愛に触れていなかったから、このバランスの神髄をわからず一方に傾く体験をしたり

感情は忘れたくない、人の痛みに無感情になりそうだから…
 そのせいか?人の痛みを感じる体質になっていったのは@@
 そして、人の痛みに共感することの意味をはき違えていたことに気づいたり

レッテルを貼ってください…
 と言いながら、人の目や評価が基準になっていたことに気づいたり、

こころを揺らしていきたい…
 しなやかでいるためには、根をはらせる必要があることや、
 揺れて折れるたびに、根がはっていくことを知ったり、
  (でも、揺れるではなく揺らしていきたいと能動的にしてたのはすごいかも^^)

など、無自覚から自覚の体験をしてきた感じです。

捨てても捨てても、変わらぬもの。捨てれば捨てるほど浮き上がってくるもの。
それを個性とか、大いなるいのちとかいうのかもしれないですね。
変わったといえば加齢による見かけと、「ありのままのいまここ」を生きていることくらい。
せっかくこの文章に出会ったので、「変わらないできたもの」も捨ててみました。
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by maruisora | 2010-10-24 16:43