こ~んな感覚

母が他界したことで、「寂しくないか?」と尋ねらたことがありました。

「寂しくない」とすっぱり言ってしまうのも、気がひけつつ
その真意を共感するのは無理だろうな~と思いつつ
でもね、今のところ寂しさは感じたことないんですよね。

肉体を持った母はここにいない…でもわたしもここにいない…
違う言い方をすれば、母もわたしも今この瞬間ひとつで存在している…
そんな感覚を味わっているからなんですよね。
だから、寂しくなりようがないといった感じなんです。
それまでも味わってた、「全てはひとつ」「空」「無」「ただ在る」そんな感覚は、
母の死によって一層深まった気がします。

ところで、
わたしが無意識にぼ~っとしてると、決まって話しかけてくる夫。
わたしがそのまま消えて帰って来なくなったら困るとのこと(笑)

でもね、ありえない話ではないと思ってるんです034.gif
わたしが消える消えないはさておいても、
肉体は消滅させることができるんじゃないか…
むかしから、わたしの感覚の中にあるんですよね。

むかし読んだある原住民の話なんですけれど、
みなで荒野を移動中に、ひとりの仲間が
「時が来たので、わたしはここで行きます」とひとり座し、消えていった…
仲間は、何もなかったかのようにそこを立ち去った…
そんなことが書いてあって、大いにこころに響いたものでした。
全人類がそんなことありえないと言っても、わたしの中ではありうるわけで(笑)

また、以前ある人が自分の祖父の話を書いていて、大いに感動したもの。
その人がこどもの頃、元気だった祖父は自分が去る日をみなに伝えたたそうです。
元気で迎えたその日。
布団に坐し「それではさようなら」と言って、前に倒れこんだそうです。
その人は、祖父の姿にいたく感動し、
たいそうな人間にならなくてもいい、この祖父のような死に方ができるような
生き方をしていこうと思ったそうです。

母の死は、一切の理屈を越えた圧倒的な体験となりました。
死は絶対的は生。そして絶対的な愛。あるがまま。その実感。

絶対的な愛。
「それ以上でもそれ以下でもない。それしか言えないよね」と友人と話しました。
絶対的な愛の中で寂しさは息づかない…そんな感覚を覚えています。

そして、その絶対的な愛を誰もがみな宿している…
宿していると同時に、絶対的な愛に宿されている…という実感032.gif
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by maruisora | 2009-06-15 19:18