ほんの気持ち

実家に行くたび、目についていた花やさんがありました。
買って帰りたいのだけど、電車だし~と素通り。
でも今日は、花の苗がお手頃だったので買って帰ることに。
精算する時に、近くのバケツにあったシャクヤクを見て、
思わず「わ~シャクヤクだ~」
今年は、買えないまま過ごしていたのでつい出てしまったわけで。

さて、精算を終えるとそのバケツからシャクヤクを3本とって、
「もう花が開いちゃってるから、よかったら」とくださったのです。
「え~!!!うれし~です~!!!!」と吼えました016.gif

そういう瞬間をわたしはうれしく感じるんだな~って、電車の中でしみじみと。

おまけって、期待がないからうれしくて。
さらに、そこに人の気持ちがのっかるとなおうれしくて。
目に見えないものの中にあるうれしさ…たまりません。

今日は、実家に行ったところ父の知り合いの人が来訪。
母の死を知って、お線香をあげさせて欲しいとのことでした。
なんかね~、こころに響いたんですよね~。
義理でもなんでもなくて、ただお線香をあげたくていらしてくれた。
耳に入ってきたその方の話と、父の話しをトータルすると、
ひとり暮らしで、生活は質素。
御仏前まで持っていらしてくださり、父はお金を出させて悪がってました。

今回葬儀を出し、儀式という形式を体験し、そこれ流れるお金に携わり、
いろいろなことを感じました。

よしあしは別として、儀式って「目に見えないおもい」を形にしたもので、
そのおもいが土台になって、形がうまれる…
でも、形が先になってしまうと儀式は単に「形式」となってしまうんだな~ってね。

たとえば、お香典やお香典返し、そこにあるのは「気持ち」
でも、義理や形式になると「気持ち」ではなく、「お金」「物」となりやすく。
それもまたいいけれど、「気持ち」を知った方がもっとうれしいなってね。

お香典返しの手配をして、目に見えないものの価値が身に染みました。
目に見えない気持ち…をどれだけ感じ取るか。
感じ取れば取れるほど、うれしい…そのうれしさって極上ですよね。

ちなみに、お香典返しでお茶やハンカチが多い理由をはじめて知りました。
ハンカチは、夏のお葬式に暑い中いらしてくださった方に、
汗を拭いてくださいという思いを込めて、
お茶は、冬のお葬式に寒い中いらしてくださった方に、
お身体温めてくださいという思いを込めて、
そんな言われから始まったとか。

思いやりって、気づかれないのが思いやり。
そして、究極思いやりって…思いやる方も、受ける方も、
意識しない次元のものじゃないかなって。
今ここにいる…
それは、気づかないほどたくさんの人の思いやりの上に成り立っている…
そのありがたさが響いた次第です。

今目の前にある、ひとつの物。ひとつのいのち。
その背後には量りしれないほどの「思いやり」がある…
そんなことに気づけたら、なんかうれしいと思うのですよね。

ほんの気持ち、ほんのりいい気持ち001.gif
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by maruisora | 2009-06-05 18:24