やさしい時間

母の生存率を最初に聞いたのはちょうど1年前のこの季節。
母が人生の中でもっとも怖れていたのは「死」と「がん」
それが母の人生の結びに与えられた体験となりました。

花まつりの日に母の検査結果が出ることを知った時から、
その日から新たな調和の世界が開かれる…そんな感覚を覚えていました。

花まつりのせいか、朝から「唯我独尊」の感覚がわきあがり、
その状態で病院に行くのが、みなにとって最良だと感じたのです。
全部の意識を内側に集中させて宇宙とひとつ…それを保っていざ病院へ。
最初の頃はひとりの付き添いが、今では姉や父も一緒で随分と楽になったもの。
病院の前を通るだけでも気分がまいっていたわたしにとって、
ひとりの付き添いはひとつの次元上昇だったといえるでしょう。

大いなる流れは本当に全てを完璧に運んでくれるもの。
介護ヘルパーさんのこと、在宅往診のこと、
いろいろ尋ねなくては…と思っていたことが提案され運ばれてきました。
優しさの中で事が展開し、ただそれに従うだけの流れだったのです。
ただ、あまりの早い展開に身体をついていかせるのがこれ大変でした。
わたしで大変なのですから、ヘルパーさんを頼むことを拒んでいた母には寝耳に水。
混乱を起こし、疲れ果てていました。

みんなで説明を受けた後、ひとり残り、先生に生存率を尋ねてみました。
誰もが明日どうなるかわからない、全ては寿命…それは根底に揺るぎなくあるうえで、
生存率を知ることで次の扉を開かれるような気がしたからのことです。

半年~1年。
1年くらいかな…とは思っていたので、半年はちょっと思いがけない返事でしたが、
それを聞いた瞬間に、えもいえぬ優しい気持ちがわきあがってきたのです。
桜の季節、風に舞う桜のようなやさしいやさしい空気。
どうして、こんなにも優しい気持ちになれるんだろう…そう思うほどでした。
すでに昇華されている過去さえ、たんぽぽの綿毛のようにふわふわと飛んでいくような。

親を見送っている友人たちが「死」はことばで表現できないほどの神聖な感覚と、
全てをやさしいものにする力を持っているよ
どんな出来事も全てをやさしさに結んでいくよ。
親と確執を持ち、死の瞬間まで親と離れ暮らしていた友人の台詞。、
実際に彼女の変化を見ていて伝わってきたのは確かです。
その感覚を味わった気がしました。

精神の死は体験していたのでその素晴らしさは実感していましたが、
肉体の死を身近に感じるのははじめてのことでした。
人の一生とはなんと素晴らしいものか。
どんな体験をしてきた人生であろうと、最後に全てが凝縮されて神聖な生になるような。

帰りの道すがら、ひらひら舞う桜の花びらの光景。
その光景が、なんともやさしくやわらかな光の世界に見えたのは、
死といういのちの煌めきによるものかもしれません。

さらに、電車の中で目の前を通った妊婦さんの大きなお腹に感慨を覚えました。
生と死のあわせもついのちの光…。

今週末はコルティオ。
夫が4月11日と閃いたからその日の公演のチケットとったと言ったのは去年のこと。
テーマが死を前にした人の人生の回想シーンだと知ったのは、最近でした。
あのファンタジーの世界が、死を前にした人生の回想シーンだとは。

この時代の象徴を感じてしまいました。
死とは肉体を離れることだけが死でないですからね。
古い自分を捨て、新しい自分になる…それもまた死と生。
本当は、誰しも日々死と生を同時に体験しているものなんですよね。

さらに、コルティオの翌日はイースターであることを知ったのは先日のこと。
わたしにとっては、とても象徴的な流れを感じました。

お釈迦さまの誕生した日。やさしい時間花まつり。
大いなる流れ、優しい世界に運ばれながら今ここにいられることにありがとう。
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by maruisora | 2009-04-08 18:47