友の時代

友人からの手紙に書かれていた、ある人が述べていたという台詞。

本当のともだちとはどういうものか…
「何かを語り合うことで重荷を降ろしたように楽になる事のできる人。
何かを教えてくれる人。その一言、その人の気づきによって自分が楽になれる人」

「師と友の違いは、一方通行と相互通行の差」


「ほんとうに友がいる」…そんな実感を味わっている昨今、大いにうなづいた次第です。
今までも友のありがたさは感じてはいたのですけど、
自分の「個」が確立できていなかったからでしょうね、今のような感覚とは違うものでした。

「ともだちはたくさんいることが良いこと」「グループを作りなさい」
そんな台詞がどれほど自分に緊張を与えていたかを知ったのは大人になってからのこと。
「あ~グループ作らないと。どうしよう。ひとりだ~」という夢をどれだけ見たか042.gif

グループ行動が好きでなく、集団の中に身を置くのが好きでない。
そんな本質に気づき、受け入れたのは数年前のこと。
それまでずっと「孤独」は「人間として否」と思い込んでしまっていたわけです。

さてさて、類は友。
本能的に「つるまない人」を友にしていたことに気づき出したのは昨今のこと。
さらに、みな本音で生きだしているので互いの体験から、
「楽」「うれしい気づき」をもらえ、世界が広がっていく感覚が強まっています。
否定はなく、ただ「尊重」があるだけ…。
そして、ゆるりゆるりとそんなつながりの輪が広がっている感じを覚えています。

「師」から学ぶ…以前はそんな観念もありましたっけ。
出会う人、起きること、ありとあるものが「師」そんなスタンスでいたけれど、
「師」という意識は、どうしても上下の意識を微妙に残してしまうことに気づき、
宇宙の一体感を味わうほどに、上下の意識は違和感に。
そして「誰もがみな友」…そんな感覚に移行した感じです。
なかなか、一般受けはしませんけどね。

これからは友の時代。友愛。…手紙を読みながらそんなことを感じた次第です。
わたしにとっては血縁も同じこと。
この人生「家族(血縁関係)」というものがひとつのテーマだったようで、
自分の中でしっくりした感覚が持てず囚われて生きてきてたどりついた様子。

友を感じるほどに日常に安心度が増していることを感じる昨今です058.gif
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by maruisora | 2009-04-05 09:47